御幣と思って追えば古証文の切れ端
どんな伝承か
昨夜は三軒目の聾の家へ、今朝は寡婦の家へ御降りがあったという風であったから、人々はどこかに御降りが見えないかと、そればかり注意していた。あそこの山に白いものがと言えば茅の穂だと言われ、天から白いものが降って来ると言えば雲ではないかと言われる。御幣が飛んで来ると叫んだ一人が、風のまにまに虚空を飛ぶ大きな白いものを一丁ばかり追いかけ、川に落ちかけながら危うく取り止めた。だが呼びかけに返って来た答えは、「違ふわ、古證文の破れちやあつ」という気の抜けた声であったという。
原典より
昨夜は三軒目の聾の家へ、今朝はわけて仇つぽくなつた寡婦の家へ御降りが・・・・・・といふ風であつたから、人々は何處かに御降りが見えないかと、そればかり注意してゐた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。