大成まで女を近づけぬ福来青年
どんな伝承か
斐太中学校を出て仙台の第二高等学校へ進むころ、友吉は松本から福来の姓に戻ったとみられる。高山町で製糸工場を営む山田家には「おさつ」という美しい娘がおり、親子そろって友吉に惚れこんで、学費はすべて持つから妻にしてほしいと申し入れた。だが友吉は、学問を成し遂げるまで女性のことは考えない、待たせては婚期を逃させる、自分の力で苦学したいと、何度も断りの手紙を書いた。そのころ兄の吉太郎は芸事におぼれて勘当され、父も間もなく亡くなって、福来家の財産は傾いていた。それでも援助の申し出を退けた意志の強さを、著者はたたえている。
原典より
その頃、高山町に山田製糸工場を経営している山田氏に「おさつ」という美人があり、親子ぐるみで福来青年に惚れこみ、「妻にして下さい。今後の学費一切は負担するから。」と頼んできたのでした。—— 念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。