白狐の祟りが噂された嵯峨の船形屋敷
どんな伝承か
京都・上嵯峨鳥居本小坂の亀山御陵のそばに、船形屋敷と呼ばれる四百坪ほどの土地がある。染工場主の花村万寿治はここに隠宅を構えると重い脳病にかかり、次に借りた請負業者の老母も精神を病んで、屋敷には障りがあると噂された。心霊治療家の薄出然道が移り住むと、二晩続けて庭の一角に白い光が漂うのを霊的に見た。依頼を受けた三田光一は初大師の日に透視し、ここは空海が嵯峨天皇の病気平癒を祈った霊地だと告げた。一方、旧地主の田中作治郎は、幼いころ屋敷に通った白狐が犬に殺されて白陸大明神と祀られ、その塚を壊した家は三年で絶えたと語り、白狐の祟りとも噂された。
原典より
狐を殺した男衆は、その後間もなく熱病で死んでしまいました。—— 念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。