弘法大師の御霊影
どんな伝承か
福来友吉が昭和五年に著した小論文『弘法大師の御霊影』は、のちに仙台の福来心理学研究所によって再刊された。研究所は、福来が生涯に手がけた念写実験のうち最も確かな一例としてこれを選び、念写に至るいきさつを本人が詳しく解説した類のない記録で、当時の科学界や世間が念写研究をどう見ていたかを知る資料にもなるとして、誤植のほかは手を加えずに載せた。念写の原板も研究所に残されているという。福来は緒言で、霊魂が死後も存続するかは心霊学の根本の問題でありながら、証拠が示されるたびに批評家に退けられ、まだ十分に証明されていないと述べる。長く手立てを探していたところ、その年の三月十六日に京都の嵯峨で開かれた心霊実験会で、三田光一の念写によって弘法大師の姿が写真に現れ、これが霊魂不滅を示す最も有力な事実になったという。そこで論文は、理論の議論は別の著書に譲り、この実験の事実を伝え、理解に要る心霊学の知識を手短に解説することだけを目的とした。
原典より
所が本年三月十六日、京都市外嵯峨町で開かれた心霊実験会において、大師の御姿が写真に現われたので、それが図らずも霊魂不滅の真理を証明するのに最も有力な事実となったのであります。—— 念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。