芝居舞台でランプを手に講演した福来
どんな伝承か
福来夫妻に生まれた子は、祖父甚喜と父甚吉の「じん」を受けて仁と名づけられ、飛騨では将来を期待されたが、幼くして亡くなった。福来は催眠心理学の論文を発表したころ、飛騨に入って各地で講演している。著者が十六歳で神通力の体験を持ちはじめたころ、六月初めの田植えの共同作業の合間にその話をすると、岩佐という老人が思い出を語ってくれた。八日町の芝居の舞台で、福来博士が左手にランプを掲げて講演したのを聞いたことがある、話はとても上手で面白かった、演題は「心理学より観た迷信」だったと思う、というものだった。
原典より
八日町の芝居舞台で福来博士が左手にランプを持って講演されたのを聞いたよ。—— 念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。