風致地区の壁を越えた記念館の着工
どんな伝承か
城山公園に福来博士の記念館を建てようとした著者の前に、風致地区の規則が立ちはだかった。工事は中止を命じられ、行く先々で道をふさがれる四面楚歌の有様となる。それでも著者はあきらめず、教育委員会の委員や市議会の議員を一人ずつ訪ね歩いて説得を重ねた。その甲斐あって昭和三十年十一月二十一日、市の教育委員会と市議会の双方から公認を得ることができた。年の暮れには建物が完成し、長く続いた妨げはようやく解けた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
念写発見の真相(山本健造・念写・超心理研究・1980年(昭和55年))
『念写発見の真相』は、飛騨に住む山本健造が著した福来友吉の伝記と学説紹介の書で、はしがきは昭和五十五年十一月三日付である。念写を発見した福来の幼少期から、東京帝大での透視・念写実験と追放、宣真女学校長・高野山大学教授の時代、仙台での晩年までをたどり、著者による高山市の福来博士記念館建設の経緯や六次元の原理を述べる。全十五章からなり、第二章に福来の論文「弘法大師の御霊影」を再刊のことばとともに収める。