甥を沈めた大工の子に生えた角
どんな伝承か
延宝七年の夏ごろ、相模国本目の浦で、大工の八兵衛は手に負えない悪人の甥を縛り上げて海に沈めた。翌年の同じころ、八兵衛の妻が子を産んだが、取り上げてみると額に角が生え、上下の歯は食い違い、その姿はあの甥にそっくりだった。八兵衛はたいそう重い道具箱を赤子の上に載せて押し殺したが、死んでからもしばしば箱をむくむくと持ち上げたという。親の行いの報いが子に現れた因果の例として、『大和怪異記』に載る話である。
原典より
また、相州本目の浦に、大工八兵衛というものの甥に悪人ありて、もてあつかひしをからめ海に沈む。—— お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けについてのマジメな話(平野威馬雄・1974年(昭和49年))
『お化けについてのマジメな話』は、平野威馬雄が昭和四十九年に著した幽霊とお化けをめぐる随筆である。自ら主宰する「お化けを守る会」に寄せられた体験談や、大阪の毎日放送のラジオ番組で聴取者が電話で語った話を軸に、前世や霊媒・降霊実験など海外の心霊研究、井上円了の妖怪論、古い記録に見える犬神などの憑きものを取りあげる。体験談から死後の世界、お化けを呼ぶ方法、昔のお化けへと進む八章立てで、巻末にあとがきを置く。