引っ越し前夜の茶の間に座る老婆
どんな伝承か
これも宅島夫人が岩川町の市営住宅にいたころのこと。いよいよ明日は引越しという前の晩、十二時を少し回ったころ、玄関から案内も乞わず、帯も締めない寝巻き姿の老婆が茶の間に入ってきて火鉢の前に座った。主人が障子をガラリと開けると、老婆は火鉢の横に座ったまま長崎の言葉で「あんたたちのごとうったちばきらわんでもよかですたい」と、しわがれた、それでいて力強い声で二回繰り返し、ぱっと消えた。この一帯は戦争犠牲者が無数に出た土地で、家の下にも多くの遺骨がそのままになっていた。私たちを嫌わずもっとこの家にいてほしい、という意味だったのだという。
原典より
しわがれた、そのくせ力づよい声で、二回くりかえしたと思うと、パッと消えてしまったのです。—— お化けは生きている —科学にとり残された霊の世界(平野威馬雄・1974年(昭和49年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
お化けは生きている —科学にとり残された霊の世界(平野威馬雄・1974年(昭和49年))
『お化けは生きている――科学にとり残された霊の世界』は、平野威馬雄が昭和四十九年に著した、怪異と心霊をめぐる読み物である。読者から寄せられたお化けの報告や沖縄の刑場・遺念火の話、長崎の宅島夫人の霊視、和漢の古書に見える妖草妖木・狐・天狗・人魂などの物の怪、フォックス家事件やクルックスの実験など欧米の心霊研究を扱う。著者が始めた「お化けを守る会」の由来、西丸震也・星新一との座談会、透視や念力を試すテストを含む全七章に、あとがきを添える。