広家公の忌日と重なった経健公の帰京
どんな伝承か
明治四年の廃藩置県により、岩国県知事吉川経健公は帰京を急ぎ、九月二十一日に岩国を発って東京へ向かった。慶長以来約三百年にわたる領主であったため、この日は士庶がみな出て道を塞ぎ、痛惜の情に堪えなかった。考えてみれば、寛永二年九月二十一日は先代の吉川広家公が岩国移封から十七年後に隠居し、通津村で亡くなった日でもあり、岩国の凶事とされていた日と経健公の帰京の日が同じであったのは不思議なことだと語り伝えられている。
原典より
明治維新トナリ四年、廃藩置県/勅令アリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
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出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年))
『岩邑怪談録』は、岩国藩士広瀬喜尚の怪談録に後人の増補と続録を合わせ、岩国徴古館が昭和五十一年に発行した資料集である。岩国周辺で人々が出会った化物・大坊主・生首・怪火・狐狸・天狗倒し・幽霊などの話を収め、藤田葆が編んだ『岩国沿革志』のうちの二冊を底本に、なるべく原文のまま新字に改めて載せる。広瀬の本録に、今田純一の追加、藤田の続怪談録と実事談・変死、静間密の付録五話を続け、巻末に語注を付す。