藤井たかの嫉妬の幽霊
どんな伝承か
山口県岩国在の西川という所に大谷吉之助という二十五歳の評判のよい若者がいて、村の幹事役も務めていた。同じ村の藤井たかという十九歳の女と懇意になり夫婦約束もできたが、吉之助は用事で山口へ行った折に美しい女と出会い、半年後にはその女を家へ引き入れてしまう。たかは無口になって家に籠もり、ついに病みつき、九月十日の夜中に行方不明となって三日目に溺死体で見つかった。十一日の夜から吉之助の枕元に幻が現れ、吉さん吉さんと呼ぶ女の声がした。溺死体の上がった晩には青い顔のたかが夫婦の間に割り込み、驚いた後妻たけは飛び出して古井戸に落ちて溺死する。吉之助も十月末の出水で溺死した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた大正・昭和の実例で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。