天野三郎が遺言状を届けた幽霊
どんな伝承か
大正十一年三月、著者は北京からの帰途、京釜連絡線で岡山市外西大寺の紳士天野三郎と同行した。天野は満州奉天で死んだ友人の日記や形見を預かり、その娘が嫁いだ神戸の平野町の三田家へ届けるところであった。岡山停車場で別れる際、後日必ず訪ねると約束していた。ところが天野は西大寺の自宅で突然卒倒し、人事不省のまま三日目に死んだ。しかも死んだ翌日、天野は神戸に現れて三田家を訪い、遺言状と形見を確かに手渡して挨拶し、そのまま行方が消えた。驚いて西大寺へ問い合わせると前日死んだことが判明し、預り物も無くなっていた。著者は翌年岡山で実地に取り調べたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体(修羅挑天・仏教・幽霊論・1931年(昭和6年))
『修羅挑天 仏教より観たる幽霊の正体』は、修羅挑天が著し、昭和六年に中央出版社から発行された仏教の立場からの幽霊論である。霊魂観念の変遷、四悪趣と幽霊、幽霊の定義と分類を説き、責任感の強い幽霊・嫉妬の幽霊・復讐する幽霊などを、新聞記事や著者が自ら調べた大正・昭和の実例で示す。緒説と十段からなり、後半では倶舎論・唯識論・起信論・法華経・真言密教・浄土門の教えに照らして幽霊を論じている。