狐付が治り指籠を出た喜八の妻
どんな伝承か
明和二年、山田村の喜八の妻が長く病んだ末に乱心のようになり、指籠入れの願書が出されて許可された。翌明和三年十一月八日、山田村役人から、当村の喜八の妻は狐付になったので願い出て指籠へ入れておいたところ、だんだん快気したので出したい、と親類組合の願書が差し出された。吟味を遂げたところ相違ないと聞こえたので、願いのとおり申し付ける、との沙汰が下った。快気のさいにも願書を提出し、吟味のうえで許可を得てはじめて指籠から出すことができたのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。