伜を連れて消えた狐憑きの四郎介
どんな伝承か
延享三年、守山領三城目村の四郎介が伜を連れて欠落した。四郎介は前年から狐憑きのようになり、ときおり駆け出すので親類が捕らえて置いていた。しばらくは具合が良さそうに見えたが、また病気が再発して乱心し、家を出てしまったのである。親類と組合の者が総出で捜したが見つからない。藩は村へ、四郎介は乱心者であるから他領で悪事を働けば村の難儀となり御上の外聞にも関わる、他領から問い合わせが来たら当方の帳外者であると答えよ、と通達した。責任を先まわりして切り離す口上であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。