稲生武太夫碑が記す逆さまの異伝
どんな伝承か
三次町の中心街から西城川に沿って北上すると、熊がうずくまるような山容の比熊山が迫る。その麓、かつて稲生家の屋敷があったとされる一画に稲生武太夫碑が立つ。昭和三年に地元の観光振興策として建てられたもので、背面には陸軍中将・有田恕の碑文が刻まれている。その碑文には通説とまったく異なる物語が記されていた。稲生武太夫、幼名平太郎は三次郡布野村の農家に生まれ、怪力を買われて浅野藩に召し抱えられ、藩主の命で諸国を遍歴して妖怪を懲らしめること十数回、帰藩後に比熊山の妖怪を退治した功で麓に屋敷を拝領したという。前後が逆転し、『稲生物怪録』の出来事はなかったことになってしまう異伝である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪伝説奇聞(東雅夫・2005年(平成17年))
『妖怪伝説奇聞』は、東雅夫が二〇〇五年に学習研究社から刊行した妖怪伝承地の探訪記である。稲生物怪録の木槌、クダン、牛鬼、塵輪、ナメラスジ、八幡の藪知らず、鬼の骨、蛇骨、鍋島の怪猫、児啼爺などを追い、中国・四国・九州ほか各地の寺社や旧家を訪ねて遺物と伝承を確かめる。月刊誌「ムー」の連載「日本伝説紀行」の十二章を三つのカラーグラビアで区切り、巻末に草双紙『鍋島猫騒動』の復刻を添える。