戦死した兄の声が救った班
どんな伝承か
福岡県三井郡大刀洗町での昭和二十年ごろの話である。米軍機の空襲が激しくなり、部隊の兵舎も何度となく爆撃を受けた。ある日、避難命令が下って班は一キロほど離れた山里の小高い山を目指したが、途中で班長が松林に待避せよと命じた。そのとき、三年前に中支で戦死した兄が、山の中からしきりに自分を呼ぶ声を聞いた。私は夢中で「ここは危ない」と叫び、班長の命に背いて山へ向かった。皆も後に続いて山へ辿り着き、空襲を免れた。戻ってみると松林は根こそぎ吹き飛び、火に包まれていた。兄の声が大勢の命を救ったのである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 軍隊(松谷みよ子・民話・口承文芸)
『現代民話考 ― 軍隊』は、松谷みよ子が編んだ、軍隊と戦争をめぐる現代の民話の集成である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』での呼びかけやアンケート、聞き書きによって寄せられた話をもとに、十五年戦争を中心に徴兵検査から新兵のしごき、戦地、虐殺や飢え、敗戦、収容所、戦犯、軍隊生活の怪談までを収める。巻頭に序文「明日の民話のために」と論考「軍隊考」を置き、十三の部に分けた各話の末に話者と回答者の名と在住地を記す。