熱湯を浴びても熱がらない新宮の神人
どんな伝承か
日光は深山幽谷が多く、魔物の住みかと言い伝えられてきたが、著者は三年の在勤中、怪しいことを聞かなかった。ある日、新宮の湯立があると案内を受け、拝殿の桟敷で松下隠州・丸毛一学・依田五郎左衛門らと見物した。三つの釜が鼎のように並んで熱湯が玉となって跳ねるなか、白い単衣に風折烏帽子、白い指貫の神人が神楽に合わせて古雅な舞を尽くした。神人が熱湯に向かって祈念し、幣の柄で湯の中に何かを書いてかき回すと、すさまじく立っていた湯気がたちまち静まった。神人は笹の葉で湯を自分の身に浴び、衣もずぶ濡れになったが熱がる様子もない。ところが、そばの見物人にその湯がかかると耐えられない熱さだったという。
原典より
さて笹の葉をとりて己が身へ浴びけるに、湯衣・さし貫もひた濡れに成ぬれど、聊熱きとおもふ気色もなし。—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。