盲人かたり事致す事
どんな伝承か
安永九年のこと、浅草のあたりで、家来を二、三人連れた若い武士が道を行くと、向こうから来た盲人が封をした手紙を差し出し、国元から届いた書状だが目が見えないので読んでほしいと頼んだ。家来は止めたが、主人は気の毒に思って封を切り読んでやった。文面は、金の無心をされたが在所も不作で用立てられず、やっと二百疋だけ送るというものだった。すると盲人は礼を述べ、その金を渡してほしいと言い出した。手紙に金は入っていなかったと答えても聞き入れず、目が見えないのにつけこんでかすめ取ったと言い募るので、若い武士はしかたなく屋敷へ連れて行って金を払ったという。
原典より
安永九子年の事成しに、浅草の辺とや、年若の武家僕従両三人召連通りしに、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。