盗賊を観音堂に閉じ込めた寺の働き男
どんな伝承か
文化七年の秋、牛込の馬場下町にある亀鶴山清浄寺に、夜中盗賊が二、三人押し入り、蚊帳の吊り手を切って住職をくるみ込んで押さえ、金のありかを責め立てた。住職が何もないと答えて押し問答の声が高くなったのを、台所の働き男が聞きつけて起き出し、盗賊を手招きして、和尚を責めても言うものか、自分がよく知っていると言い、寺内の観音堂の下に埋めてあると欺いた。堂に案内して、賽銭箱の下にあるから箱をどけてくれ、暗いので提灯を取ってくると外へ出ると、堂の戸を閉めて錠をかけ、半鐘を激しく打ち鳴らした。門前の町の者が集まって盗賊どもを捕らえたという。
原典より
或夜盗賊二、三人海入、蚊屋の釣手を切て、住僧をにくるみ押へて、金子有所を尋しに、—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。