道端に縛られて死んだ勇次
どんな伝承か
元治のころ、筑波山の挙兵で下総も騒がしくなった初夏、治一郎は出入りの農夫から妙な話を聞いた。農夫の甥の鐵馬が、人を集めている方と約束したから近く江戸で侍になれると言うが、その方がどうも勇次らしいという。三、四日後、治一郎が隣村から戻る途中、道端に八州取締の手の者がいて、縛られて地べたに寝かされた罪人を見張っていた。お尋ね者の盗賊の片割れで、さんざんに打たれて助かるまいという。見張りが離れた隙にのぞくと、血にまみれたその顔は鉤鼻の勇次だった。耳元で名を呼ぶと、勇次は本家のおじさんと途切れ途切れに答え、決して親兄弟の名を言うなと諭すと、言わないと答えて息絶えた。
原典より
さう云ってから勇次の詞ばきれてしまった。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。