お糸と剣客芳野與三右衛門の怨恨殺人
どんな伝承か
代官布施仙左衛門の死後、未亡人のお糸のもとに、最上家の剣術師範芳野與三右衛門が入り浸るようになった。明治二年の春の夜に押し入られて以来、お糸は夫を追い詰めた宮田忠左衛門への恨みを口にし、やがて忠左衛門は祝宴の帰り道で何者かに斬り殺された。與三右衛門は自分がやったと告げ、布施家で主人のように振る舞った。明治四年の十月二十六日の夜、與三右衛門は喉を突かれて死に、お糸は頓死として宗瀧寺で火葬させた。噂が立ち、滋賀県庁で拷問されて毒殺を自白したが、のちに否認し、懲役三年となった。
原典より
與三右衛門が仰向けに寝たままで、咽喉を突かれて死んでをり、其の傍ではお糸が震へてゐた。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。