籠の子を見守る美しい女
どんな伝承か
『遠野物語』が伝える一話である。佐々木喜善の知人岩城某の祖母は、若いころ遠野の侍勘下家へ乳母奉公に出ていた。ある夜更け、子に乳をやろうとエチコと呼ぶ育児用の籠のそばへ行くと、三十前後に見える美しい女が籠の中の子をじっと見つめていた。驚いて隣室の主人夫婦を起こしたが、そのときにはもう姿はなかったという。この家では二、三代前の主人が下婢に子を産ませたことがあり、本妻の嫉妬が激しくてその女はついに毒殺された。女には夫があったが、その男まで奥方に憎まれ、女房の代わりだと言われて無慈悲に使われたと伝わる。祖母が見たのは殺された下婢の霊だろうと噂された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の幽霊たち ― 怨念の系譜(阿部正路)
『日本の幽霊たち――怨念の系譜』は、阿部正路が著した日本文学の幽霊論である。『竹取物語』『源氏物語』『平家物語』などの物語、『今昔物語集』から『遠野物語』『聴耳草紙』に至る説話、能と歌舞伎、さらに三遊亭円朝・泉鏡花・森鴎外・小泉八雲らの近代の作品に現れる幽霊をたどり、怨念の系譜として読み解く。第一章で幽霊の時・季節・姿・場・目的を論じたのち、物語・説話・能と歌舞伎・近代の章を立て、終章で稲生屋敷の物怪や百鬼夜行など幽霊の周辺に及ぶ。