未亡人お糸の復讐心と布施家に入り浸る剣客
どんな伝承か
近江国蒲生郡大森村で代官を務めていた布施仙左衛門が狂死したのち、未亡人のお糸は、夫を追い詰めた宮田忠左衛門への恨みを胸に抱えていた。そのころ布施家の長屋を撃剣の道場にしたのが、幕府の瓦解後に最上家に抱えられた山形生まれの芳野與三右衛門で、粗野な感情が顔にむき出しの男だった。お糸は彼を頼もしく思って母屋に招き酒を出したが、明治二年の春の夜、與三右衛門は断りもなく奥の間へ入り込み、拒むお糸の手を取った。以来、彼は毎晩のように布施家に入り浸り、仙左衛門の一周忌の席でも上座に陣取って、客たちの当てこすりを浴びた。
原典より
與三右衛門は毎夜布施家に入り浸るやうになった。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。