侍になった勇次の噂とその転落
どんな伝承か
剣術なり何なり一芸を磨いて侍になるのが、当時の平民の夢だった。侍になりたいと言い続け、がむしゃらに江戸へ飛び出していった勇次を土地の者は笑っていたが、本当に旗本の養子になったと聞くと、干潟の若者たちは色めき立った。勇次が侍になった、剣術ができたから旗本に見込まれたのだと、剣術が土地の若者の間ではやり、治一郎も親類として誇らしく、勇次の行く末の幸いを願った。ところが間もなく、勇次が刀を持って養父に手向かい、養家を追い出されたという好ましくない噂が届いた。江戸へ行っていた者からのまた聞きで、それきり勇次の消息は絶えてしまった。
原典より
それは勇犬が養家を燃逐せられたと云ふであった。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。