摩耶夫人の像を盗めなかった名物泥棒
どんな伝承か
神戸から西へ一里ほど、摩耶山を背にした摂津国菟原郡味泥村に、明治の初め、味泥の長次郎という名高い泥棒がいた。よその村では思い切った盗みを働くが、自分の村の物には決して手を出さないので、村人に憎まれてはいなかった。ある月夜、長次郎は摩耶山の摩耶観音に忍び込み、本尊の摩耶夫人の像を背負って外国人に売ろうとした。ところが堂の縁から階段を下りかけると、明るかった月がにわかに曇り、黒い渦のような雲が月をのみ、山の木々を鳴らす風が吹きつのった。像を戻すと月はまた明るくなり、もう一度試みても同じだった。長次郎はお叱りだと悟って像を元に納め、手を合わせて山を下りたという。
原典より
山の木枝を吹きなびける風の音が物凄く聞えだした。—— 奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
奇談全集 現代篇(田中貢太郎・奇談全集)
『奇談全集 現代篇』は、田中貢太郎が幕末から大正にかけての事件や奇談を読み物に仕立てた作品集である。明治十一年に相模の真土村で起きた松木騒動、大正十五年に千葉の久賀村一帯で起きた鬼熊の事件、香取郡の連続殺人、伊賀上野の破獄、京都の天誅などを、記録や関係者の話をもとに描き、松木騒動には筆者が大正六年に現地を訪ねた補遺を付す。播磨屋橋遺聞のように、筆者自身が創作と断る話も含む。