楓の茸喰ふべからざる事
どんな伝承か
著者が白山に住んでいたころ、近所に大前孫兵衛も暮らしていた。その下男がある日、しきりに笑って止まらなくなった。狐か狸のしわざかと言われたが、面白がって笑う様子ではなく、ひどく苦しみながら笑い続ける。近くの御薬園の医師小川隆好に診せると、これは中毒に違いない、何を食べたかと問う。仲間が、楓の根もとの茸を採って料理したと答えたので、医師は、楓から出る茸は俗に笑い茸というものだと言い、色の赤く変わった土を湯に溶いて飲ませた。下男はすっかり吐き戻し、一両日で回復したという。
原典より
彼下男或日頻りにわらひて止ざる故、「狐狸のなす事成べし」といひしが、面白くして笑ふ体にあらず、…—— 耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
耳嚢(みみぶくろ)(根岸鎮衛・江戸随筆・怪異・1809年(文化6年))
『耳嚢(みみぶくろ)』は、根岸鎮衛(守信)が勤めの合間に古老や訪ねて来た人から聞いた話を書き留め、佐渡在勤のころからまとめ直して文化六年仲秋に結びを付した随筆である。武家・町人の逸話や奇談に加え、狐・狸・幽霊・妖獣などの怪異、羽蟻や虫歯・ものもらいを治めるまじない、薬の秘法を、一項ずつ題を掲げて記す。この本文は著者の自叙と巻之一から巻之十まで(巻之四を欠く)の抜粋で、巻末に著者の結びと『耳嚢副言』の一部を置く。