竹串に魂を移して辻に置く
どんな伝承か
中国で魂代を家の廟に安置したのも、もとは位牌のような手の込んだ物ではなく、魂を託すための素朴な依り代だったろうと著者は推す。そうした慣わしが家庭へ入り込むと、村の信仰はかえって物神崇拝の古い形に戻ったともいえる。仏壇や供え膳は仏の像に近づき、亡霊を迎える信仰を強めたが、祖先の死者への考えは、むしろ使い捨ての竹串に残っている。内郷の村人は、見えない霊が身内にすがって家へ戻るのを嫌い、粗末な竹串に魂を宿らせて往来の盛んな辻に置いてきた。串がなければ、霊が家に戻っていないと確かめる手立てはほとんどなかったのだという。
原典より
彼等は目に見えぬ精霊の親族故旧の身に縋つて、再び元の家に戻る事を忌んだが故に、粗末なる竹串にタマを依らしめて、最も交通の自在なる道の巷に置して置いて来た。—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が編んだ幽霊譚と幽霊論の集成で、昭和十三年に文明社から出た。新聞・雑誌の記事や井上円了・柳田國男・高峰博らの所説、古典の文を出典を添えて引き、葬送の習俗や布哇の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜による説明、乃木大将が見た我が子の幽霊などの実話を集める。三篇に分かれ、第二篇は男女の幽霊・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・前知らせなど八項、第三篇は幽霊写真・化物屋敷・霊界通信を扱い、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。