竈に火を起こす黒髪の女
どんな伝承か
筆者が宮城県牡鹿郡渡波町の宮殿寺に客となっていたときのことである。ある夜、妙齢の婦人が黒髪をかぶって寺の台所に現れ、水瓶から手柄杓で鉄瓶に水を汲み、竈に火を起こして釜を火にかけた。その仕草はいかにも女の常のふるまいであったから、住職ははじめ客かと不審にも思わなかった。しかし顔だけがあくまで青ざめ、黒髪を振りかぶって、住職の寝ている方に向かい、格子下の埋み火を起こすと、その真紅の光が女の顔に映って凄まじかった。住職は一時肝をつぶし、床の中で念仏を唱えて夜を明かした。翌朝、そのために死んだ近所の女の知らせを得て、うなずくところがあったという。
原典より
* 行司の見た幽靈* 新俳優の見た幽靈* 貞女の幽霊と勝四郎* 三人見た白い手の幽靈* 他女の體に宿る幽靈* 伯母の幽霊が暇乞* 幽霊の髪を剃る* 改葬を頼む幽霊—— 幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・1938年(昭和13年))
『幽霊は語る』は、梶天真が昭和十三年に編んだ幽霊譚と幽霊論の集成である。葬送の習俗や海外の霊魂観から説く幽霊思想、幻覚や網膜の作用による幽霊の説明、乃木大将や許斐大尉の見た幽霊などの実話、古典や伝説に現れる男女の幽霊・怨霊・生霊、幽霊写真、化物屋敷、霊界通信を集める。三篇に分かれ、第二篇は幽霊を男女・怨霊・生霊・小児の見た幽霊・食物に縁ある幽霊・前知らせなど八項に分類し、巻末を夕張と筑前の幽霊問答で結ぶ。