射留魔の地名由来(三本足のカラス)
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どんな伝承か
二つの太陽が出て草木が枯れたため、京の武士が魔物と思う一方の太陽を射ると三本足の鳥が落ちた。落ちた所を天道山、魔を射止めた一帯を射留魔の里といい、入間川の由来となった。
原典より
二つの太陽が天に出て昼夜の別なく照らされた為、地上の草木は全く枯れ果ててしまう有様に、日本国中の上下の心配が一方でなく、時に聖天子上に在わし、天に二つの太陽があるはづはない、一つの太陽はおそらく魔物の仕業に違いない。—— 狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載)) より引用地図で位置を見る
出典の文献について
狭山市史 民俗編(狭山市(狭山市史編さん室/民俗調査担当)・昭和(昭和五十年代調査・刊行。本文に昭和五十三〜五十四年の採集記載))
『狭山市史 民俗編』のうち「五 伝説・昔話・世間話」を収録した一次資料。昭和五十年代に堀兼・入間・奥富・柏原・水富・入間川の各地区で座談会・聞き取り調査を行い、明治〜大正生まれの古老から採集した口承文芸を、見出しごとに原文に近い形で記録する。
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狭山市の伝承
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