四十キロ先から念写した月の裏側
どんな伝承か
念写がなお詐術を疑われるのを受けて、福来友吉は誰も見たことのないものを写させようと考え、月の裏側を題目に選んだ。昭和六年六月二十四日の朝八時十分、福来は乾板二枚をケースに入れて、大阪府豊能郡箕面村桜井の自宅二階の座敷の床の間に置いた。三田光一は約四十キロ離れた兵庫県須磨の自宅で、八時半に月の裏面を透視し、それを乾板に念写した。八時半になると同時に福来が現像に取りかかったところ、二枚とも像が写っていたという。この図柄は、のちに岐阜市の実験会で写された月の裏面と同じものだったとされる。
原典より
その結果、二枚の乾板とも念写されていることがわかった。—— 新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新心霊科学事典 ― 人類の本史のために(田中千代松(編)・心霊科学・超心理学 事典・1984年(昭和59年))
『新心霊科学事典――人類の本史のために』は、田中千代松が一九八四年に編んだ心霊科学の事典である。十九世紀半ばのハイズヴィル事件に始まるスピリチュアリズムと心霊研究・超心理学の用語、国内外の研究者・霊媒・研究団体を、多くの寄稿者の執筆による項目で解説する。巻頭の論説「人類の将来」、五十音順の「現象編」と「人物・組織編」、巻末の「総括と展望」とあとがきから成る。