不幸を呼んだお化の面
どんな伝承か
怪談浪曲師の浪華綱右衛門の家には、縦二尺横一尺の異様なお化の面があった。左目は乳房のように垂れ、右目は半眼、蓬々の髪に赤く塗った口という作りである。初代林家正蔵が秘蔵し、その死後に弟子の中川海老蔵へ渡り、海老蔵はさらに綱右衛門へ譲って一週間後に死んだ。綱右衛門がこれを被って深川の桜館で四谷怪談を演じると、三、四百人いた客が翌晩には十数人に減り、次の晩は木戸で血の雨が降る喧嘩になった。昭和七年に取り出して弟子に被らせて以来、その弟子は負傷し、女房は病み、家作は人手に渡る。遊びに来た伊藤晴雨も翌日に夫人を亡くした。昭和十一年三月、綱右衛門は浅草玉姫町の永伝寺へ面を奉納して封じ込めた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。