釜が浮く家と姿を消す啞娘
どんな伝承か
明治七年四月、神奈川県多摩郡下仙川村の浅尾兼五郎の家に妖怪が出るという噂が立った。怪異は前年五月から続き、県庁が人をやって取り調べても原因は分からず、県警察部が兼五郎を召喚して峻烈に調べても何も出なかった。ある日、女房が飯を炊いていると釜がふわりふわりと天井へ上がり、詫び入るとひょこひょこと下りて元の竈に掛かった。来客中に膝の下から古草履が飛び出し、庭では竹竿二本が浴衣を着て洋傘をさして歩いた。借りた鍬が縁の下に出没して消え、家の啞娘が指した草むらから見つかった。怪異の起こる前には、決まってその啞娘が姿を隠したという。
原典より
* 高尾越の怪異 (313)* 小廝の放火 (316)* 妖怪屋敷 (318)* 自然と鳴る太鼓 (319)* 線香の匂い (321)* 雨乞祭の怪 (323)* 蛇の兜 (324)* 龍…—— 日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪談実話(田中貢太郎・河出文庫・1938年(昭和13年))
『日本怪談実話』は、田中貢太郎が昭和十三年に著した実話怪談集を河出文庫に収めたものである。明治以降に著者が聞き集めた怪異を報告調の短文で綴り、戦地の霊験や戦死者の知らせ、狐狸・天狗・海坊主、トンネルや自動車に現れる女、幽霊写真、狐狗狸などを扱う。元本は改造社刊の『新怪談集(実話篇)』で、冕言に始まって二百を超える小話を並べ、巻末に川奈まり子の解説を付す。