天下に人なしと読む大嶺村の判じ物
どんな伝承か
遠江国豊田郡大嶺村の名主青山家の日記には、慶応三年六月上旬の項に判字読みが書き留められている。字の一部を欠いた「天」について、先年天下様がお亡くなりになったので二に人と書いて天とし、それゆえ天下に人なしというのだ、と注釈がつく。続く「大老」は、先年井伊掃部頭が水戸の者に殺されたので大老に首なし、「老中」は老中に腹なし、「評議」は相談がないので評議に口なし、と読ませている。これらは当主の甥善次郎が、秋葉山に集まる諸国の旅人たちの噂話を書き留めたものである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。