挙母藩領に降った五十九枚の御札
どんな伝承か
挙母藩領では慶応三年九月十三日から十二月二十日ころまで御札降りが続いた。「慶応三年梅坪村組合七ヶ村年中御用留」や「慶応三年小原四ヶ村井打越村・福谷村御代官役所御用留」などの記録によれば、合計二十七種五十九枚の札が降り、第一位は伊勢大神宮で十二枚、第二位は秋葉三尺坊大権現で六枚だったという。梅坪村組合七か村分だけでも二十種三十四枚の降札一覧表が別途作成されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。