松本で目覚めた高橋貞子の透視
どんな伝承か
高橋貞子は夫の高橋宮二とともに信州松本に住んでいたころ、明治四十三年秋から深呼吸で心を統一する修行をしていた。ある夜、目の前に巻物のようなものが現れ、霊告が書かれていた。十一月十二日、炉端で火箸を持ったまま深呼吸をすると手がひとりでに動いて灰に口の字を書き、プランセットに問うと千鶴子のように千里先が見えると答えた。夫が箱に封じた山の字を当てさせると最初はヨと答え、箱を抱いて寝た夜に夢で山の字を示されたという。のちに東京の弁護士今村力三郎が送った鉛管入りの文字も的中させた。
原典より
するこ、火箸を持つ右手が自然に動き出し、爐中の灰に口の一字を書いたのであつた。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)
『観念は生物なり』は、福来友吉が諸雑誌に発表した論文を集めた心理学と心霊研究の論集で、日本心霊学会刊、序は大正十四年春に箕面山の麓で記されている。観念と身体の関係、夢、潜在精神と病気、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じる。明治四十三年以来接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験も報告し、「観念と身体との関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。