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神仏の札とともに降った御神木

所在地長野県松本市大字惣社
年代慶応3年(1867)11月5日・6日
登場大和藤七、丸山登之助、村人、札が降った小俣村の豪農(のちの伊那県商社人)、札が降った神戸新田の豪農(のちの伊那県商社人)
出典松本市史 第2巻 歴史編2

どんな伝承か

松本の周りの村々にも、十一月に入ると札が降った。五日には本郷の惣社村へ八幡宮・不動尊・稲荷大明神の札とともに御神木までが降り、翌六日には白板村へ秋葉山と大荒神の札が降ったという。同じ六日には、笹賀の小俣村の大和藤七、神戸新田の丸山登之助という豪農の家にも札が降った。この二人は、のちに伊那県の商社人となった人物である。

原典より

十一月五日に惣社村(本郷)に八幡宮・不動尊・稲荷大明神の札と御神木が降り、六日に白板村(松本)へ秋葉山と大荒神のお札が降った(折井豊家文書)。—— 松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)

『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。

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