紙幣まで降った上今井村の札降り
どんな伝承か
城下から離れた幕府領の上今井村では、松本の町方が静まったころの十一月十一日から札が降りはじめた。十一日は秋葉山と諏訪大明神、十二日は豊川稲荷・鹿島神宮・諏訪大明神という具合に二十日まで毎日続き、二十三日には不動尊、晦日には鹿島神宮・八幡宮・清正公が降った。十二月十一日と十二日にはお札銭すなわち紙幣が降ったといい、これが最後になった。降ったのは十八種三十三枚、ほかにお祓とだけ記したものが二枚ある。もっとも十二月十一日の上新田組への降札は、行者を名乗る乙松という者が投げ入れたと発覚し、打ちすえられたと記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
松本市史 第2巻 歴史編2(松本市史)
『松本市史 第2巻 歴史編2』は、信濃の松本市の市史のうち歴史を扱う巻で、ここにはその節「三 お札降り」だけが収められている。慶応三年七月ころから翌年にかけて、天から神仏の札が降ったとして酒食して騒いだ「お札降り」「ええじゃないか」が、伊那谷と中山道の二筋を通って信濃に広まったさまを、飯田・高遠・諏訪・木曽などの記録から追う。後半は松本城下と周辺村の降札と松本藩の禁令を述べ、上今井村に降った札の種類と枚数を表に示す。