第四 長尾夫人の念寫
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どんな伝承か
明治四十三年十一月、福来は熊本で御船千鶴子の透視を研究した際、写真屋で「鳴」と「高」の字を一枚ずつ種板に撮影し、黒紙で包んでボール箱に封じた。千鶴子は高の字を透視できなかった。福来は帰りがけに丸亀へ立ち寄り、丸亀中学校教頭の菊池俊諦にその種板を預け、長尾夫人の気分のよいときに透視してもらうよう頼んだ。十二月六日、菊池から「高」の字で的中との報告が届く。念のため福来は哉天兆の三字を撮影して送り、これも的中した。ところが十二月十五日に現像すると、撮影時の感光のほかに説明のつかない感光現象が現れていた。これは透視の際の精神作用によるものと考えた福来は、文字を念じて念力を送れば種板に感光が生じるのではと着想し、念写研究へ踏み出したのである。
原典より
私は大膽にも右の様な突飛な考へを して見る になつた。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究・大正〜昭和(戦前))
観念と身体との関係(物心関係論の歴史・物心相即・観念は生物也・観念活動の規定条件)、「我の能力」と人生(我の能力とは何か 等)を中心に、念写・透視の発見者である福来博士の独自の心理哲学を展開。各項目の冒頭に【日付】【場所】【人物】【状況】マーカー付きで網羅した心霊哲学書。
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