第五 高橋夫人の念寫
どんな伝承か
福来友吉が伝える千里眼研究の記録。長尾郁子の死により下火になりかけた念写研究は、高橋夫人の登場によって再び注目を集めた。夫の高橋宮二の勧めで明治四十三年頃から千里眼の能力を示すようになった高橋夫人は、明治四十四年五月七日、初めて念写の能力を現し、十字架を写した。その後もやの字、月に雲の形、一心の文字と、四回にわたる実験はいずれも成功したという。高橋氏が朝鮮からの帰国後、大正二年二月、久々に行われた念写実験でも文字と樹木の枝の形が写し出され、これも成功したと伝えられている。
原典より
長尾夫人の死によりて消滅せんこしたる千里眼問題は、高橋夫人の現出によりて再燃する様になつた。—— 観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
観念は生物なり(福来友吉・心霊・念写研究)
『観念は生物なり』は、福来友吉が著した心理学と心霊研究の論集である。観念と身体の関係、潜在精神と病気、夢、プランセット(自動書記)、狐憑病の伝染や尼寺のヒステリー、宮本武蔵の剣道などを論じ、明治四十三年以来十年間に接した御船千鶴子・長尾郁子・三田光一ら八人の通力者の透視と念写の実験を報告する。「観念と身体この関係」から「生命学と心霊研究」までの十四篇を収める。