鎮祭の社頭に降った流星の如き神光
どんな伝承か
明治四年十一月十二日の夜、足摺山の白皇神社で、宮地布留部が神憑りの童子から授かった教示のとおりに神式へ掛かった。すると再び西方から虚空が鳴動して社頭に止まり、神社の内外が一時ばかり震動した。その勢いは大風が大木を倒すようで、一同の座の前後左右にも数人の気配があり、皆大いに恐れ伏した。布留部が太玉串を取って進み鎮祭の儀を行うと、流星のような神光が声に応じて降り、以後一山は寂寥に返った。直会の折には社頭に神楽の音が聞こえ、布留部が独り出て祝詞を奏したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。