焼けと命じられた御幣と神のお叱り
どんな伝承か
三尺坊来臨の翌朝、才一郎はまた夢のお告げがあり、前夜の御幣はもったいないから燎の中で焼けと言われたと話した。神が手ずから切った御幣を焼くのは忍びないと考えた泰治は、子々孫々大切に祀るので許してほしい、かなわなければ藩主に献上して城の守りにしたいと才一郎に願わせ、家老にも一部始終を報告した。ところが芙山老禅師に、焼けと命じられた物を殿様へと願うのは神意に背くと諭され、皆で水を浴びて詫びた。十九日、才一郎は夢で厳しく叱られたが、柳田家に社壇を建てて清浄に祀り、御幣は決して人に拝ませるなと命じられ、家の者に一度だけ拝むことが許されたと伝えた。
原典より
人々怪しみ居けるに、芙山老禅師柳田家へ来られ、焼けと命ぜられし物を殿様へと願ふは御言葉にたがひ、御心に背き奉るならずや、急ぎ御わび申上ぐべしと云はれければ、俄に恐ろしくなり、水をあび御わび申上けり。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。