東松山で出会ったミナオシの兄妹
どんな伝承か
平成十四年の春、著者は非定住民の暮らしの跡を求めて埼玉県の越生町や毛呂山町を歩き、一か月ほどのちに、三角寛の『サンカの社会』に最も多く登場する一家の一人に行き当たった。箕の製作・修繕・行商で暮らしたミナオシの松島始さんで、当時は東松山市のアパートに住み、別の部屋には妹の真佐子さんもいた。二人とも定職はなく生活保護を受けていた。一家の大半は読み書きができず、箕の需要が昭和三十年代前半に急減すると、若い者は日雇いや飲食の仕事に移り、年配者は子に頼るか物乞いに近い暮らしを送るほかなかった。ミナオシはミーヤ、ミーブチとも呼ばれ、九州のヒニンなどと同種の集団だという。
原典より
キャバレー勤めから再婚へ帰郷と夫の急死夫の実家への旅贋金つくりの集団がいた「江戸川の社長さん」の出自第4章 天幕部落の女親分大親分一家のその後—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・2018年(平成30年))
『村の奇譚 ― 里の遺風』は、民俗研究者の筒井功が平成三十年に著した民俗探訪記である。修験の里の石室、石風呂と焼き石湯、山中の贋金づくり、箕作りの集団や天幕部落、岩窟に暮らした非定住民、猿と猟師、氷室と風穴、産屋、墓制、安倍晴明の墓、狐憑きと犬神など、各地の村に残る習俗と伝承を、聞き取りと文献の両面からたどる。全十三章で、昭和三十年前後の高知市での見聞から説き起こし、「おわりに」では別の出版社で刊行が見送られた経緯を記す。