臨終の床から抜け出す祖父
どんな伝承か
トントン、サラサラの音が回る仏間の家の祖父も、何年か後に中気になって寝たきりになった。いよいよ臨終という晩、家族と親類が枕もとに詰めていると、隣のおばさんが玄関へ来て、ご隠居さんはお元気になられてよかったと挨拶した。母がとんでもない、今晩はもういけないのだと言うと、おばさんは、今しがた買い物の帰りに角でご隠居に会い、立ち小便をされていたので回り道をして来たのだと言い張る。奥へ通されて枕もとに座ると、目をつぶっていた祖父がうすく目を開け、さきほどは大変な無礼をした、わざわざ回り道などされなくてもよかったのにとかすれた声で言った。玄関の話し声は、この部屋にいてはまったく聞こえない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
山とお化けと自然界(西丸震哉・山岳・怪異エッセイ・1990年(平成2年))
『山とお化けと自然界』は、西丸震哉が旧著三冊と雑誌の一篇「ワシは安禄山」を編み直し、一九九〇年に文庫版あとがきを付けた随筆集である。「自然界はもちつもたれつ」「酒」「山」「兄との交信」の四部に、チョウや小動物、山や湿原の探検、酒と温泉の話とともに、横尾谷の岩小屋の幽霊、釜石の幽霊、木曾御岳の人魂、呪い殺しの実験、雨やみの術など著者自身の怪異体験をつづる。あとがきに『未知への足入れ』『山だ原始人だ幽霊だ』『山の動物誌』を元にしたと記す。