羹に混ぜられた縁切り榎の皮
どんな伝承か
本郷あたりに、繁盛していた一人の医師がいた。下女と深い仲になって家の内が傾いたので、妻は幼いころから世話をしてきた弟子に事情を打ち明ける。弟子は町へ出たおり、板橋に縁切り榎という木があり、その皮を与えればどんな仲もたちまち裂けると聞き込んできた。妻はそれを取ってくるよう命じ、弟子は板橋へ忍んで皮を剥ぎ取り、粉にして翌朝の羹へ入れた。長年仕える台所の男がこれを見咎めて主人に告げると、医師は膳についても羹に手を出さない。妻は腹を立て、毒と疑うなら自分が食べようと言って平らげたという。この一件を境に夫婦は破れ、妻は離縁された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(西郊民俗シリーズ・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
本書は東京都板橋区に存在した縁切り榎を中心とした江戸時代から現代に続く民間信仰の全容を描いた民俗学文献である。縁切り榎は旧中山道板橋宿の樹齢古い榎の木で、「縁つきいやの坂」という語呂合わせと、富士講中興の祖食行身禄が妻子との縁を切った場所という伝説により、男女の悪縁を断つ霊験があるとされた。樹皮の粉末を別れたい相手に飲ませるまじないが実践され、絵馬奉納も行われた。皇女の婚礼行列もこの地を避けて通行した。