社務所で売られた縁切りの御符
どんな伝承か
明治二十一年から、平山省斎の率いる教派神道の神道大成教がこの木のかたわらに祈祷所を設け、大成教榎教会と名のった。教師の金井豊儀が木を管理し、茶屋の跡に建てた御堂で毎朝五時に祝詞をあげ、参る人に神符や奉納用の小絵馬を配った。神符のなかには縁切りの御符というものもあり、包みを開くと榎の樹皮を粉にしたものが入っている。これを別れたい相手に飲ませるという古いまじないが、教会の社務所で売られるという形で生き続けていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西郊民俗 縁切り榎(西郊民俗シリーズ・昭和中期~後期(推定1960年代~1970年代))
本書は東京都板橋区に存在した縁切り榎を中心とした江戸時代から現代に続く民間信仰の全容を描いた民俗学文献である。縁切り榎は旧中山道板橋宿の樹齢古い榎の木で、「縁つきいやの坂」という語呂合わせと、富士講中興の祖食行身禄が妻子との縁を切った場所という伝説により、男女の悪縁を断つ霊験があるとされた。樹皮の粉末を別れたい相手に飲ませるまじないが実践され、絵馬奉納も行われた。皇女の婚礼行列もこの地を避けて通行した。