焼け跡で縁者を探す沢田正二郎
どんな伝承か
関東大震災の焼け跡を歩いていた著者は、新国劇の沢田正二郎にばったり出くわした。沢田は賭博の容疑で警視庁に留置されていたが、警視庁でも危険を慮って皆を解放したため、深川の縁故のところへ急いで見舞いに来たのだという。先生、どこがどこだかさっぱり見当がつきませんから、後生です、一緒に探してくださいと泣きつかれ、著者は兵隊と一緒にそこらと思うあたりを探して回った。まるで一望の焼死体の山で土の色さえ見えない。目印の煙突があるはずだというので奥深く入っていったが影も形も見えなかった。女の頭髪が鬘のように肉をつけたまま転がり、溝や不浄場の中にも子供の焼け焦げたのがいくつも入っていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私の心霊術(長田幹彦・昭和中期(1940年代~1950年代推定))
幼少期の地獄極楽のぞきからくり(私の心霊術)/心霊術と降霊の実演/作家長田幹彦の心霊体験/交霊と幽霊との接触/明治〜昭和の心霊文化