太夫の遺骨を酒に溶いて飲んだ紹益
どんな伝承か
京都には灰屋紹益にまつわる言い伝えがある。紹益は島原の名妓吉野太夫に先立たれてから、もう生きていく張り合いをすっかりなくしてしまった。そして時雨の降る晩になると、東山に持っていた別荘で酒に向かい、太夫の遺骨をひとかけ盃に落として、酒に溶かしたまま飲み干したのだという。舞妓春菊を亡くして何をする気力もなくなった著者は、この伝えを、恋しい人への思いの深さをいちばんこの世らしく、まっすぐに表したやり方だと述べている。
原典より
京都には屋紹益の伝説があって、紹益が島原吉野太夫を喪ってからもう生きる瀬もなくなって、時雨降る晩には東山の別荘で酒の盃の中へ吉野太夫の遺骨の一片を入れて酒でといて飲んだというのである。—— 霊界五十年(長田幹彦) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊界五十年(長田幹彦)
『霊界五十年』は、長田幹彦が自らの心霊体験を一人称でつづった随筆集である。霊媒亀井三郎の実験に立ち会った話に始まり、大正十四年に東京中央放送局で見た変死した技師の霊、自殺者の霊、神隠し、心霊写真、死者の霊との交わりなど、長年にわたって見聞きした出来事を語る。「亀井霊媒の実験」「放送局の幽霊」「霊界夜話」「幽霊のキスマーク」などの短い章を連ね、心霊研究の知人や医師との問答を多く交える。