義太夫の高入道に口三味線で応じた善八
どんな伝承か
那賀郡坂野村の常盤新田に善八という漁好きの男がいて、近くの川尻へよく網を打ちに行った。ある時、鰻がよく繁殖しているのを見込んで夜網に出たが一匹も獲れない。近くに悪戯狸がいて、善八が網を投げるたび水へ飛び込んで掻き回し、魚を追ってしまうのである。善八は根気よく十日ほど打ち続け、獲物は皆無でも一向に頓着しない。根負けした狸は十一日目の晩、雲を突くような高入道に化けて立ちはだかり「コリャ善八」と呼びかけた。その口調が義太夫語りだったので、善八はすかさず「チン」と口三味線で調子を合わせた。狸は兜を脱いで姿を消し、以後は網の邪魔もせず、善八は毎晩大漁をしたという。
原典より
那賀郡坂野村の常盤新田に善八といふ男がある。—— 阿波の狸の話(笠井) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波の狸の話(笠井)
『阿波の狸の話』は、脇町の笠井という著者が、阿波国の各地に伝わる狸の話を集めて書いた本である。狸同士の化かし合い、狸使い、狸憑き、狸医者、狸を祀る祠などを題ごとに分け、郡村名や人名を挙げて、明治・大正の狸憑きの実話やお六つ大明神の信仰の様子も記す。後半に余材追録と、著者が萬福寺で狸に憑かれる人や住職と問答した記録を置き、巻末の「阿波名狸録」で名のある狸を徳島市と各郡の部に分けて並べる。