大磯宿ではやった裸参り
どんな伝承か
相模国大住郡馬入村の「石垣記録」には、慶応三年十二月中旬、東海道の大磯宿で、金毘羅や八幡宮、大山不動尊などへ裸で詣でる「はだか参り」がはやったことが書き留められている。この地方の札降りに伴う参詣は、静岡地方と同じく裸参りの形をとったという。
原典より
この地方の参詣は静岡地方と同じく裸参りであり、同記録には、十二月中旬に大磯宿の金毘羅・八幡宮・大山不動尊などへの裸参り流行の記事もみえる。—— ええじゃないか(高木俊輔) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか(高木俊輔)
『ええじゃないか』は、幕末維新期の民衆運動を研究してきた高木俊輔が、慶応三年から翌年にかけて広がった「お札降り」と「ええじゃないか」の乱舞を各地の史料からたどった歴史書である。三河吉田での初出から東海道、甲斐、江戸、信濃、伊勢、京都、大坂、中国、淡路、四国まで、日記や記録に残る降札と踊りを国ごとに述べる。概観と東国・西国の四章に続く終章で降札の作為者やおかげ参り、世直しとの関わりを論じ、参考文献を付す。