化粧坂で重荷を嘆いた大磯の馬
どんな伝承か
天保五年四月八日、東海道藤沢宿の馬が荷を積んで平塚宿へ向かった。平塚では馬が足りず、そのまま大磯まで付け越しすることになった。化粧坂まで来ると向こうから大磯の馬が来たので、二人の馬子は荷を積み替えようとしたが、大磯の荷があまりに重そうなので藤沢の馬子は断った。すると「毎日毎日重荷を負わせて、末の冥利が悪かろう」という声がした。声の主は大磯の馬で、二人は腰を抜かした。大磯の馬子は日ごろ馬にむごい重荷を負わせていたが、恐ろしくなってその夜のうちに姿をくらましたという。
原典より
大磯の馬子がまだその答をしない間に、「毎日々々重荷を背負せるなあ、末の冥利が悪かんべい」と謂ふ聲がした。—— 民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。