病人を見詰める猫を捨てに行った老婆
どんな伝承か
著者が母から聞いた話である。幕府の盛んなころのこととして、江戸は深川永代寺門前にとある荒物屋があった。そこの老婆が患って店の次の間に臥せっていると、長年飼っている猫が床のわきに来ては、じっと病人の顔を見詰めている。人がいてもいなくても同じである。病人は気味悪がって追っておくれと頼み、家の者も見つけ次第に追い払った。嫌な猫だ、病気が癒ったら私が捨てに行くと病人は口癖のように呟いていた。やがて老婆は快くなって床を上げ、まだ遠出は危ないと止める家の者を振り切り、猫を笊に入れて風呂敷に包み杖をついて捨てに行った。それきり、婆さんも猫も帰って来なかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
民俗怪異篇(磯清・磯清・民俗怪異)
『民俗怪異篇』は、磯清が著した民間の怪異をめぐる随筆集である。馬を襲う魔物ギバとその禁厭、阿波の首切れ馬「夜行さん」、姫路城の刑部姫や猪苗代城の亀姫などの城の怪、化け猫、灯火による占い、秩父三峰の狼の信仰と狼の怪、怪談を題材とする落語を取りあげ、各地の言い伝えや古い記録を引きながら語る。序に続いて「馬の災と馬の怪」「城の主」「猫」「灯の占」「狼の噂」「落語に存在する怪談」の六篇を置き、それぞれを小見出しの短い話に分ける。